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まっさらになれない人類たちは桜色を忘れ

日本が目指す長期ビジョンとは何か

現行の政権下においても模索し確実な行動主義に移行できていないのも

英知の結集化がなされていないからである。

そこには自民党が自ら政策として過去から掲げてきたものを軽視しており

時代が進化しても民主主義の、タテマエと市場経済の邁進に豊かになれたと錯覚する罠にスッポリハマってしまい最先端科学の限界点の素を入れ変えられなかった点にある。

79年に大平内閣の頃から 当時のビジョンのはしりがあって 田園都市構想というものがあった。

さらに橋本内閣時代には田園住宅法という法令があり、それらにまったく気づくことなく成長過程の柱が全産業経済の発展につながるとは誰も想像をしていなかったからである。

それらは完成されたものではないものだが 推進していくことで環境技術の進歩や次世代エネルギー産業との善循環融合社会へと再構築させる改革の根底に人材を結びつけられていないことが最大の難点でもあるのだ。

政治家は自ら政治論を生徒に教えるような努力をしている場合でもなく そういう場を地方各都市へと細分化させて国がバックアップしていくことであったのでしょう。

そこには間違えたエネルギー産業技術は当然のようになんらかのパワーによって破壊されて倒壊するのは仕方がないことなのである。

個別的には地域から見いだされていく善エネルギーの発展はなされているが それらは成功された時点でも一般市民は変化のありようにはわからないものである。

現行を日本を引っ張る経団連も財界も市場経済の調和などによって不安材料や個人主義を唱えていたり 偏った思想家などにより膨張化したところで何も良いことはおきないだろう。

そうした根詰まり感を単なるネットワーク化によって情報を行き来させても次世代への融合は限られたものでしかないのである。

次世代という社会においては多様な人材や顧客第一などという徹底主義から自由に解放されていくことが凝り固まった発想や規制に雁字搦めになったところまでの利権を解体することから始まるだろう。

そこには会社と会社 社会と個人と国というようにとても新しい関係性を生みださなければ人々は行動する意義を感じ取れないからである。

それらは大半の人類がまだ 不可能と思えていることが 可能になるという認識がないからである。

ただし、それらは人類だけでなく国同士が共鳴し合えて ほんとうの真理からの国づくりから自然界の環境すべての書物すらないことが課題でもある

つまりその真相すら 知られたくない人類が山のように地球に住人として贅沢な暮らしをしているからだ。

そうした心をまっさらに さらせないのが人類の歴史にはまだ色濃く残りすぎている。