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正直さは不幸の始まり、それでも。

人の人生を本で読んでいると、ときおりとんでもなく気が滅入ることがある。

特に正直な人が報われず、それどころか、破れ雑巾のようになって人生を終える様をみると、天道是か非かと切実に感じてしまう。

最近それを感じたのは維新後の会津藩士の話。

明治維新会津藩、白虎隊で有名だがその後の生き延びた彼らの話はほんとうに悲惨だ。

多くの人たちが知っているように会津藩は幕末の世を戦い抜いて明治を迎えた。

なにしろ藩主があのサムライを具現化したような松平容保だったから、現代でいう戦略も情報もへったくれもなかったらしい。

政府軍が会津になだれこんだときも、白兵戦一辺倒の戦い方で、動ける老人は竹やりで突撃を言い渡され、その主力は壊滅。

動けないものは城の堀で自害したという。

ただし会津若松の戦いの戦いのあと、まだ生き残りの藩士とその家族は1.3万人はいたらしい。

権謀術数の世の中で敗れたとはいえ敢闘した人たちに世は賞賛の拍手をおくるべきであるだろう。

しかし明治政府は旧会津士族を恐れたのか彼らを今の北海道や恐山周辺など不毛の土地に移した。

会津の士族たちは現地の人たちの物置小屋、納屋、漁具置き場などを貸してもらい居を構えたが寒さと飢えに苦しんで子供など多くの人たちがかの地で死んでいったという。

白虎隊の話も悲劇だが、こっちのほうがスケールが違う。

白虎隊に代表される会津人の清廉潔白さに憧れ、今も多くの旅行者が会津に旅行にでかけるが、正直今の会津に当時の人たちの息吹を感じるのは難しいのではないか。

もし感じることができるとすれば彼らが転封された北海道の片田舎だとか、青森の一地方じゃないだろうか。

しかしそれもわずかな希望の話であり、多くの士族は離散したというから、難しいだろうと個人的には思っている。

正直さはそのまま幸せにつながるとは限らない。

世の真理とはたぶんそうなのだろうが、それでも世の中はここまで辛いものなのか。

何の罪もない、それどころか清廉潔白な人たちが寒さと飢えで死んでいったことを思うと、気分が暗澹としてくる。

※ 写真は容保の晩年。請われても世に出ることはなかったそうで、死なせた家臣に対してとても悔いていたとか。痩せさらばえている。