自分との折り合いの付け方

 今日は、一昨日の会議で頂戴した資料と、入手した情報を伝える為、行徳に或るNSに行きました。

 もの凄く驚いたのですが、何と高知の一時帰省以来、ほぼ7年振りに、旧姓Yさん(現Sさん)にお会いしました。

 相変わらずなのが、ホッとしました。2人のお子さんだったのが、4人に増えたそうで、ノリで堀ちえみを越えますか?と聞いてしまったくらいです。

 話しを聞いていてなるほどって思ったのですが、レンタルお姉さんって、何故か大概洋物のあだ名がついていて、それらしき名前でなかったのは、このよっしーさんと私と共同の担当者であった、薫子さんだけの様な気がします。

 私も、実はその時代(要はレンタルお兄さん)が余りにも短かった(1年)だったので、あだ名がつかなかったのですが、意外にも後で歌手活動をする上で、必要に迫られ此の様な次第になった訳です。

 なので、名刺を渡した時、「えー」って驚きましたが、予想通り一瞬でした。

 結婚しても、子供を産んでも、こんなに変らない人は珍しいです。でも良く良く考えてみると、私も歌手の時は豹変している様です。

 

 伝達事項を終え、その方と別れ、麻雀を終えると、新たに入ったYさんが、代表夫人と何やら相談事をしていました。

 良く良く考えると、最初の2週間で私も頑張り過ぎて、途端に落ちました。それは、今考えると無理をしていたのですが、当時はそれすら分からなかったのです。それをしないとダメだと思ってましたから。

 たった8年前の出来事ですが、それを思い出すかの様に、語って行くと、何やら彼の今の心境に照準が徐々に合って来ました。

 然うなると、けっこうそれこそ松岡修造並みに熱くなるので、私の話しにも熱が入ります。

 

 色々言ったのですが、多分この方はネガティブな事が言えなくて、それで頑張っているうちに、自分を見失い、それで今無理に動こうとすると、エンストの様に停まってしまう様なのです。

 私に限らず、人って、自分が思っている以上にエネルギーが有ります。何故、そうならないかと言えば、それは過去の苦い負の学習が邪魔をしてエネルギーを結果的に相殺する様な相反する事をしているからなのです。

 実は大人のふりして、子供のママの部分が残っているのですから、いっその事、もう一回子供すれば良いのです。

 

 これで分かり辛い方は、もう少し説明すると、「嫌だっ」って思い切って口にすれば良いのです。実はそれだけで、今迄気付けなかった感情に気がつきます。実はその事が自分を成長させる事に繋がるのです。

 ひとしきり話した後、少し安心したかの様に見えました。これで、私も少しは役に立てたかな。もし然うなれたら、この回り道も無駄ではなかったですね。